AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する

喧嘩をした。
否、そもそもあれは喧嘩ではないのかもしれない。

相手は悪魔である。


喧嘩をする時に大概悪いのは彼の方。自惚れでは無く。今回もそう。
あたしは彼が許せなくって、思いつく限りの言葉で糾弾した。
彼は煩そうに それを聞いているかのように、無視をした。

あたしは更に一層それが許せなくって、癇癪を起こして机を叩いた。

テーブルの上にはコーヒーカップが2つ置かれていて、その衝撃にコーヒーが零れた。
一つのカップからはブラックコーヒー、もう一つのカップからはカフェオレが。

同じ形のカップから、違う色の液体が溢れたことが なんでか無性に悲しくなって、 ぐぅ と喉が痛くなった。
なんでこんなことで泣きたくなるんだろう。

あたしが机を叩いても、コーヒーを零しても、彼は慌てもせずにソファに寝そべっていた。



お互いずっと じっと 無言で、そこから動こうとしない。

あたしが怒っているうちに、いつの間にか日が落ちていて、差し込む夕日の色だけがこの部屋の視界を助けた。
基本的に彼の部屋には物が無くて、数少ない家具も黒いものが多くて、常のこの部屋はモノトーンで構成されている。
けれどいまは、横殴りみたいに突き刺す夕日が室内を真っ赤に染めていた。
あたしも彼も動く気配が無いので、このままでは日が落ちて部屋は真っ暗になってしまうだろう。
そうと解っていても、いま、この部屋に、ばかみたいにあかるい蛍光灯を点けることなんて出来ない。

全体に赤く染まった部屋で、床も壁も黒い家具も、白いコーヒーカップも、あたしが零したカフェオレも赤く滲んでいるのに、
目の前の蛭魔くんすら真っ赤に染まっているのに、

零れたコーヒーだけは、それだけがくっきりと真っ黒のままだった。



また、どうしても訳が解らず目と鼻の奥が痛くなった。頭の横も痛い。いたい。





夕暮れの痛みに耐え切れず、あたしは俯いた。
俯いたら目の奥の痛みが、重力で落ちてくるみたいに眼球が痛くなって、視界に水の膜を張らせた。
でもそのまま痛みを床に落とすのは、負けたみたいで嫌だったので がばっ と上を向いた。
顔を上げたら、悪魔と目が合った。彼はじっと無表情でこっちを見ていた。
思わず咄嗟に口走る。



「泣いてないからね」
「知ってる」




矜持に掛けて明言すると、思いがけず即答された。



「テメェがんなことで泣くようなタマか。それならどんなに扱いやすいだろうよ」
「・・・悪うございましたね」
「まったくだ」



言いながら彼はゆっくりとソファから上半身を起こした。
何をする気だろうと見ていると、徐にあたしの使っていた方のカップを手に取る。
彼はコーヒーはブラックしか飲まないから、夕暮れで見間違えたのかと思ってあたしは焦った。
でも一瞬 後に、自分に遠い方のカップをわざわざ間違えて取るような男じゃないことを思い出す。



「テメェがんなことで泣き出すなら、脅迫手帳のネタにでもなるのに」






「忌々しい女だ」





言いながら、彼は零れたブラックコーヒーの水溜りの上に、カップの残りのカフェオレをすべてぶちまけた。


ぶちまけたといっても、そもそも飲み掛けのそれは大きく広がることも無く、ただ漆黒のそれを濁した。





「、」

「零した。拭いとけ」



飄々と彼は命令しながら再びソファに身を沈めた。



拭いとけって、零したのは自分じゃない。
あたしは彼の家政婦じゃないし、そんなことを命令される謂れは無いわよ、 とテーブルの水滴を見詰める。

真っ黒だったそれは、夕日に滲んで あかくぼやけた。






大概、繰り返すけれど、彼は悪魔の化身である。
人非人だし、極悪非道だし、あたしたちの口論の原因のほとんどが彼の悪事の所為なのだ。
人を人とも思わず、むしろ基本的に地球上のものすべてを道具だと思ってそうだし
天上天下唯我独尊で、道を塞ぐものがあるならすぐ脅迫手帳、だし
ほんとうにほんとうに、彼は正真正銘の悪人である。

人間を善人と悪人に分けて、悪人は殺しましょう と神様が決めたら、真っ先に躊躇無く選別されるような人間だ。

あたしは常に彼の悪を憎んでいる。心の底から。





だけど、


だけど、彼は

彼という人は時折に、酷く、  
とても   ひどく、








じっと、テーブルの水溜りを見詰める。
赤い部屋で、それだけが黒々と独立していたのに、今はもう影も無い。
濁った色を混ぜたからだ。  彼が。
あの 悪魔が。






あたし は


あたしは  彼の

あたしは彼の こういうところが すごく、すごく 胸に、  痛むから、 
痛んで、泣きたくなるから。


どうしたって悪いことは止めて欲しいのに、もうそれ以上言葉を言えなくなる。



言葉が出ない分、胸や喉の中に わーっ とぐちゃぐちゃしたものが溜まる。
もしそれを形にして体の外に出せたら、きっと、目も当てられないくらい恥ずかしい漢字ばっかりになると思う。
実際、脳裏には赤面ものの単語がチラホラと飛び交っている。

嗚呼、恥ずかしい!



あたしは、言葉を言えないので この感情の乱気流を身体で表現しようと、勢い良く立ち上がって彼の傍へ寄った。
そのまま上からボスンと彼に重なるようにソファに寝そべった。
彼の身体は筋張っているし、骨張っているけれど、抱きついて痛かったことは一度も無かった。

その代わりに、いつもすぐに言葉の刃が飛んでくる。



「重い。砂糖の摂り過ぎじゃねぇの」
「砂糖じゃなくてスィーツとかドルチェって言ってよ」
「何を小洒落たこと抜かしてやがる。テメェにゃおやつとかそんなんで十分だろ」
「・・・蛭魔くんの口から『おやつ』とか出ると気持ち悪い・・・」
「ア?」
「そういう可愛らしくて無邪気な単語は使っちゃいけないわ、絶対。蛭魔くんだけは」
「オイ コラ」
「地球がびっくりして割れてしまうかもしれない」
「・・・テメェ」

聞くや否や 怒った顔をして、足を使ってあたしをソファから落とそうとする。
慌てて落ちるまいと彼にしがみつくと、自分もずり落ちてしまうので彼は攻撃を止めて動かなくなった。
作戦勝ちね、と気分を良くして、あたしはそのまま彼の上に居座った。












もう夕日はあたしを傷付けたりしなかったけれど、
ばかみたいに明るい蛍光灯を、この部屋に灯す気にはなれなかった。


勿体無いと思うから、夕暮れが ほどけるまで 彼の胸の上で ただ、じっと
じっと 静かに 滲む水溜りを見詰めていた。



















***
仲良くしてる時より、喧嘩した時の方が、相手への愛おしさって解る。
喧嘩した相手が好きな人であればあるほど、心が不安定になって、相手の優しさが身に沁みるから。


ところで、蛭魔先輩は今回 一体どんな悪行を働いたんでしょうね(苦笑)。

(2005/09/13)