「あっ」
という間に目の前を黒猫が横切った。ショックだ。
今日は朝 新八が起こしに来た時に1度もごねずに起きたし、
ジャンプも新聞もエロ本も分別してゴミ出ししたし、
定春の餌食にもなった(これが善行なのかは判断しかねるが)。
今だって新八の買い物に付き合って荷物持ちをしているっていうのに。
良いことをしたら良いことが返ってくるんじゃないねぇの?
あーショックだ。
思わず「ツルカメ ツルカメ」と唱えたら、隣で新八が「うわっ、じじくさい」と言った。ショックだ。
もういいよ といじけてみても、向こうは何処吹く風で平気な顔をしている。
ジェネレーションギャップに苦しんでるのは俺だけですか。チクショウメ。
がっくりと項垂れたところに、足元から「ナァ」と鳴き声がした。
見ればさっきの黒猫が俺の足に擦り寄っている。
貴様、この上更に俺に不幸を擦り付けるつもりか。
そう思って、邪険に足で払おうとしたら、新八が慌てて止めに入った。
「わっ、銀さん何するの 可哀想じゃない」
「可哀想なもんか。不吉な目に合って、その上年寄り扱いされた俺に比べたらちっとも可哀想じゃないぞ」
「迷信でしょ!そんなの!銀さんはその子より大きいんだから、乱暴にしちゃだめだよ」
言うなり新八はしゃがみこんで ち、ち、ち、 と猫を呼んだ。
猫はすらりと新八に歩み寄る。
「見てくださいよ、銀さんこれ。この子こんなに傷がある」
俺より一回り小さい新八の手でも握り込めそうなくらい小さな猫の頭に、そろりと彼は手を伸ばした。
「きっとみんな気味悪がって石とか投げたのかな」
「江戸の奴らは信心深いのが多いからな」
「可哀想にねぇ」
「野良なんだ、傷くらいあらぁな」
「野良だからって傷だらけで良いってことはないでしょう」
言って、膝の上に猫を抱き上げた。
猫は身体を固くしたけれど、特に抗う素振りは見せなかった。
猫の喉ってゴロゴロいわないんですねぇ、とか言いながら新八は猫の喉とか腹とかを撫でた。
俺は黙って立ってそれを見ていた。
見ていたら だんだん、なんだか本当に可哀想な猫のように思えてきた。
生まれて初めて、その手によって優しさをもらった猫のような。
それだって別に、命の流れだ。天涯孤独の猫であったとしても、可哀想 とか、そういう問題じゃないと 今現在だって思う。
猫自身だって、てめぇが可哀想だなんて露ほども思っちゃあいないだろう。
だけどこの猫は可哀想な猫だ。
だって新八が可哀想だと言った。
その猫を、よしよし、と新八が撫でている。
俺が足で払い除けようとした傷だらけの不吉な猫を、乱暴にするなと言って抱き上げた。
彼の腕の中で、不吉な猫はただ 薄ら汚れた野良猫であるだけだ。
それはどんな 僥倖だろうか。
誰に尋ねたくても答える者はいない。
俺は感情を持て余してしまって、
居ても立ってもいられなくなって とりあえず新八に抱きついてみた。
「何ですか」と言いながら、新八は猫を抱いたままで 俺を退かすことはしなかった。
体中が震えてしまいそうだったので、より一層強くしがみついたら、
新八の腕の中に押し潰された黒猫が「ギャア」と悲鳴を上げて逃げていった。
***
純粋というのは まじりけのないこと だと思います。
まじりけなく、他の思惑もなく、ただ新八だけを見て、感じる状態を「純愛」としても良いんじゃないかなー と思います。
(2005/04/28)