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昼休みに入って、友達とご飯を食べようと机を寄せていた時に、ドア付近のクラスメイト伝いに呼び出しを受けて、「何の用だろう」と先に行く背中を追ってのこのこ裏庭まで来た時も、よもやこんな展開になるなんて夢にも思っていなかった。 今にして思えば、やっぱり呼び出しと言えば裏庭なのね、なんて場違いにも感慨に耽ることが出来た。 彼とあたしは初対面だった。 だけどあたしの方は彼のことを知っていた。彼は一学年上の先輩で、バスケ部のホープとして凄く有名な人で、ついこの間の春大会でもかなり活躍したらしい。更に生徒会の会計職に就いていて、先生からの信頼も篤い。ここまでくると当然のように品行方正で成績優秀で眉目秀麗な人だったりするので、説明がとっても楽である。 一言で言えば『女の子の憧れの先輩』という人だ。事実、あたしの女友達だって、入学して間もないのに、既に何人も彼のファンになった子がいる。 まさかまさか。 「えーと、人違いなさってるんじゃないですか?」 「人の顔を覚えるのは得意なんだ。一年の姉崎まもりさん。風紀で毎朝校門に立ってるだろ」 成る程、朝の校門で毎日顔を会わせていたわけね。たくさんの生徒が一気に通るから、あたしの方には記憶が残っていなかったけど、先輩はこの顔を覚えていてくれたのか。 人違いじゃないことは解ったけれど、それでも校内屈指の人気の者がどうしてあたしなんかをご指名なんだろう。 「あの、私たち口を利くのも初めてだと思うんですけど・・・」 「うん、だよね。ずっと声掛けたかったんだけど、やっと今日勇気が出た」 「先輩みたいな人にそんなこと言ってもらえる程の人間じゃありません」 「そんなこと無いよ。可愛い子だなって、君が入学した時から思ってた」 この人綺麗な顔して、口の中は虫歯だらけなんじゃないかしら。こんなに歯の浮く台詞ばかり言って、歯茎がぐらぐら溶け出してやしないかと、余計なことを考える。同じ十代の人のように思えなくて呆気にとられて見返している隙に、彼はもう一度交際を申し込んできた。 「それで、僕と付き合って欲しいんだけど」 嬉しくないと言ったら嘘になった。 特に、目の前の人は学校中の女の子が憧れている存在なのだから。そんな人から選ばれれば、誰だって満更でもない気分になると思う。 でも、だからこそ、そういうことには誠実に向き合わなければいけないと思う。軽はずみな心で、人の気持ちを玩びたくはないから。 「すみません。あたし先輩と付き合うことは出来ません」 誠意を込めて眼を見て言えば、先輩は少しびっくりした顔をしていた。申し訳無いな、という気持ちになったけど、好きじゃない人と付き合うなんて出来ない。 「――僕のこと嫌い?」 「いえ、そんなことないです。むしろ凄い人だなって尊敬してます」 「じゃあ、」 「でも、今さっき初めて会話した人といきなり付き合うとか出来ないです」 なるべく失礼の無いように、傷付けないように言葉を重ねていく。先輩はいくらか言い募ったけれど、いつか仕方なさそうに一息吐いた。 「・・・最初はお試しみたいなのでも良いんだけど・・・無理みたいだね」 「ハイ。・・・すみません」 「うーん、じゃあ、彼女じゃなくて友達になってくれない?」 「は?」 「よく言うじゃない。友達から始めようって。僕は君と接点が欲しいし、暫く話をしたりするうちに、君が僕に好意を持ってくれるなら更に儲けものだしね」 「・・・はぁ」 思わず呆けた返事をしてしまった。いよいよこの人演技がかってきたわ。 今までのシュチュエーションや話の流れを思い出すと、まるで自分が漫画か小説の登場人物になったような気がしてくる。どこかに台本でもあるんじゃないかしら。 当の本人は特に気にした風も無く、痒いところも無さそうに、これまた役者のような笑顔を向けて聞いてくる。 「どうかな?」 「えーと、・・・は、い・・・」 元より人付き合いは嫌いじゃないし。入学してまだ2ヶ月、友人は多い方が嬉しい。 今度の申し出については、断る要素は一つも無かった。 「そういうことだったら・・・」 「良いの?やったぁ!」 戸惑いながらも首を縦に振った途端、腕を引っ張られて握手をされた。にこっと笑って「宜しく」と爽やかに言われた時は『出演するなら多分スポーツ漫画だわ』と思ったりした。・・・とにかくこの時あたしは先輩の勢いに呑まれていた。 そうこうしているうちに、昼休みが終わる15分前のチャイムが鳴り出した。 「あっ、ごめん。お昼食べる時間無いよね」 「いえ、大丈夫です。まだ少し時間あるし」 「そう?でも急いで戻らないとだね。――話、聞いてくれてありがとう。廊下とかで見かけたら声掛けてね」 「あ、ハイ」 こっちこそありがとうございます、という台詞は言っても失礼じゃないかしら、とか迷っているうちに「じゃあまた」と手を振って走って行ってしまった。 ・・・そんなこんなであたしには一つ年上の友人が出来た。 「・・・怒涛の昼休みだったわ・・・」 溜息を吐きながら言えば、肩の力が抜けていくのを感じた。知らず緊張していたらしい。暫しぼんやりと佇む。 その時、すぐに帰っていれば良かった。 昼休みの終わりに焦って、脇目も振らず駆け戻っていれば、あるいはそれに気付かずに通り抜けて行ったかもしれない。 本当に、それは偶然というか、たまたまというか、気の迷いというか。何となく、そうしただけだった。ふと眼の端に映った植木がチカリと光ったような気がして、それが何だか気になって手近の植木を掻き分けて覗き込む。 後になって考えてみれば、それは決まりごとだったのかも知れない、と思ったりもする。大概あたしも救えない、少女漫画のヒロインじみた思考回路をしているもんだわ。 緑を退けたそこには、目下あたしが天敵と定める悪魔が居た。
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